当会は埼玉県薬剤師会、浦和薬剤師会に次ぎ、平成7年3月28日に社団法人の認可を得た、県下でも数少ない社団法人の薬剤師会です。
 会員数はA会員(保険薬局)72名、B会員(A会員以外の薬局、一般販売業)32名、勤務薬剤師その他の会員で合計130名となります。地域としては熊谷市、妻沼町、江南町、大里村を含み、そのため名称が熊谷市薬剤師会ではなく熊谷薬剤師会となっております。
 熊谷市とその他の町村、熊谷市医師会、熊谷市歯科医師会等と協力して地域医療のため薬剤師の立場から各種活動を行っております。又介護保険の面でも認定委員会への委員の派遣その他で協力しております。地域の学校に対する学校薬剤師の派遣もその仕事の一部で、学校を取り巻く環境の保全、学生・生徒の健康維持に薬剤師の立場から協力等、学校保健の面でも活躍しております。
 又、医薬分業に対する活動は10数年前より活発に行っており、熊谷保健所が提唱し、行なった「医薬分業定着促進事業」は高い評価を得、厚生省(当時)が取り上げ、同省が全国的に行なった同事業の発端となりました。
 行政、医師会、歯科医師会等の関連団体の熊谷薬剤師会に対する評価も高く、その結果熊谷地域の医薬分業は面として順調に進んでおります。
 現在医薬分業支援の為の会営薬局を3軒経営しており、医薬品備蓄センターも兼ねておりますので、会員には医薬品の小分け配送を毎日行っておりますので、備蓄面では心配せず、すべての薬局で会営薬局と同レベルの調剤が出来ますので、患者さん・会員の薬剤師双方から好評で、面分業の普及に役立っております。
 薬物乱用防止のための「ダメゼッタイダメ運動」にも委員の派遣や、会員が学校等の講演を通じ協力しております。又赤十字が行なう献血推進活動にも会員一同協力して多くの実績を残しております。
 また埼玉県のネパールにおける地域保健医療の為のプロジェクトに協力したのがきっかけで出来た「ナマステ基金」も会の継続事業として続けており、昨年はネパールの僻地医療に協力して、「ゲルタークユースクラブ」と言うヒマラヤのふもとの農村団体に、救急車用に4輪駆動の車を1台寄付いたしました。
 今後も社団法人の名に相応しい活動を続けてまいりますので、皆様のご理解、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。




 平成7年2月28日、長年の努力が実って、県知事より社団法人の認可が下りて社団法人熊谷薬剤師会が発足しました。
 埼玉県内の薬剤師会としては県薬剤師会、浦和薬剤師会に次ぐ第3号の社団法人です。ここに至るまで多くの先輩薬剤師の活躍がありますが、その中で抜きん出た存在の方がおりますので、紹介いたします。(文中敬称略)
◇斎藤茂八(紫石)
 明治18年(1885)9月18日生まれ 昭和39年(1964)8月19日没
現在の鎌倉町に老舗の薬種商の子として生まれ、千葉医学専門学校薬学科を終え薬剤師となる。
 薬剤師としては、大正8年に日薬代議員となり、昭和元年→3年:第3代県薬会長、昭和6年:日薬副会長、等多くの役職を歴任され、その間医薬分業を熱心に説いたのは有名で、そのため取引先の医師からはボイコットされ家業に影響したとの事です。まさしく家業をなげうっての仕事でした。
 政治家としては大正2年に熊谷町会議員、大正10年→昭和4年:熊谷町長、昭和8年:第1回熊谷市会議員、昭和11年:県会議員、昭和14年→17年:熊谷市長。
 このように薬剤師の枠を大きく超えた、家業、政治、商工、観光等多方面で活躍されたが、市長引退後は石原に「紫石巣」なる寓居を構え隠遁生活に入り、俳人として多くの門下生を育てた。昭和33年熊谷市第1号名誉市民、昭和39年8月没、葬儀は市葬によって行われた。熊谷の薬剤師の先輩として巨峰のようにそびえる方です。(参考:埼玉県薬剤師会史、熊谷人物辞典)
◇熊谷も大正になると、薬剤師も3〜4名となり薬業会を設立した。このころは薬種商の方が多く、名前も薬業連合会でした、この組織は医薬品小売業の組織として、第2次大戦中の統制・配給時代とそれ以後にも続き、薬剤師会と薬業連合会の二重構造が社団法人化まで続いておりました。
 昭和初期の記録が無く不明ですが、役員として牛島定次郎、栗原正一、矢野泰助、卯木茂、寺田完一郎(薬種商)が活躍されておりました。昭和18年ごろから第2次大戦の末期には物資とて無く、軍隊で使用するものは強制的に供出させられ、店主は兵役にとられ、多くの店が閉店を余儀なくさせられました。
◇終戦後は戦災で焼けた店も復興し、熊谷にも新しい薬局が次々と開店し、薬剤師会(薬業連合会)も牛島濤平、富岡政之助、坂田博、栗原源博が会長を歴任し徐々に現在の体制に近づいてまいりました。
◇このように諸先輩が多くの努力をされその活躍の結果が社団法人熊谷薬剤師会を作ったのです。薬剤師の永年の願いだった医薬分業も順調に進んでおりますが、多くの先輩薬剤師の血と汗と涙を忘れてはいけないと思います。現在熊谷薬剤師会は患者さん、医療関係者の皆さんと会員の皆さんに喜んでいただける医薬分業を進めております。
◇平成11年4月、会営薬局の第1号の中西店を熊谷総合病院のそばにプレハブで開業、同年7月に病院正面に移転し、面分業推進のための基地として、会員の為には備蓄センターとして機能しております。
◇同年8月に熊谷外科病院のそばに佐谷田店を開業、その後規制緩和に伴って立地制限がゆるくなった為、13年2月に病院前の場所に移転しました、旧建物は薬剤師会事務所として使用しております。
◇平成12年8月、熊谷慈恵病院前に石原店を開店しました、2階建ての建物で会議室を備えており、役員会等の各種会合をここで行っています。
◇医薬分業の進展と共に、会員の数も順調に増加しております。今後も熊谷薬剤師会の発展の為皆様よろしくご協力ください。

熊谷薬剤師会ホームページを快適にご利用頂く為に、以下のブラウザを推奨致します。
Microsoft社 Intrnet Explorer4.01SP2以上


Copyright 2001 Kumagaya Pharmaceutical Corporation
All rights reserved